今月の「東映テレビドラマLEGACY」は、1988年の「火曜サスペンス劇場」作品より、『女の中の風』をご紹介します。原作は、『白の条件』や『てっぺん』などがテレビドラマ化したことでも知られる、万里村奈加先生が1985年に発表した『黒のミラージュ』(全3巻)。ヒロインをはじめとする主要な登場人物の名称や、ヒロインの境遇などは基本的に原作通りですが、それ以外の部分は大幅に脚色されています。
母・みね子(加藤治子)とともに苦労しながら母子家庭で育ってきた圭子(浅野ゆう子)にも、ついに幸せが訪れようとしていました。大企業・時任物産の御曹司で、若くして専務を務めている和彦(五代高之)との結婚が決まったのです。和彦の父で社長の義彦(永井秀明)も、半身不随で寝たきりの母・靜子(山岡久乃)も、息子の結婚を喜んでいました。
しかし、時を同じくして、一つの奇妙な事件が発生しました。本田政男(伊原剛志)という男が、駅のホームから転落、轢死したのです。転落の直前、ホームでは突然、空から降ってきた一万円札に誰もが群がり、本田の転落の状況を誰も目撃していませんでした。
事件は当初、他の人々と同様に一万円札を拾おうとして、本田も謝って転落したものと思われました。しかし、城北署の山崎刑事(横光克彦)らの捜査で、当時の風向きから考えると本田の転落には不審な点があることが判明。山崎刑事は、事故に見せかけた殺人の可能性も考慮に入れ、本格的な捜査を開始しました。本田の遺品の中で、山崎の目に留まったのは本田の高校時代の集合写真。○印が付けられていた女性は時任和彦と結婚したばかりの圭子でした。
これがきっかけとなり、山崎は圭子に注目します。長い苦節を経て、幸せを手に入れたはずの圭子は、どうやら本田に何らかの事情で、強請られていたようでした。そして、圭子は気づいていませんでしたが、夫・和彦もまた、素行調査によって、圭子と本田の秘密に辿り着いていました。和彦から離婚を切り出された圭子は――。
隠したい過去、守りたい幸せを持った女性が犯罪に走っていく……。2時間ドラマでは、ひとつの定番と言えるプロットですが、本作は中盤以降、物語がより深みを増していくという点で、多くの2時間ドラマとは一線を画す仕上がりになっています。
いくつかのキーワードが劇中に登場しますが、そのひとつは、タイトルにも入っている“風”です。圭子の思惑通り、本田の件は事故という結論で捜査が終了するのですが、納得のいかない山崎刑事は、犯罪者の心の中には風が吹くのだと、圭子に告げました。それは、完全犯罪など成立し得ないという、山崎の信念から出た言葉。自分は何度も、さまざまな風に耐えてきたと山崎に言い返す圭子でしたが、やがて圭子は山崎が言った通り、心の中に風が吹く瞬間を感じることになります。
そして、もうひとつ印象的なのは、“1%の可能性”というキーワード。圭子は、半身不随で歩くことが不可能な靜子に対して、靴をプレゼントします。この行動には、靜子の夫である義彦も動転しました。しかし、圭子は靜子の担当医にも確認したうえで、「1%の歩ける可能性に賭けてほしい」と、プレゼントに靴を選んだのです。これによって、圭子は靜子からの信頼を勝ち取りました。
ところが、やがて靜子は圭子の「正体」を知ってしまいます。圭子によって、息子と夫を失った靜子は、かつて圭子が自分に言った“1%の可能性”という言葉を使って、圭子を精神的に追いつめていくのでした。このあたり、山岡久乃さんという大女優を、設定上、全く動くことができない役どころに配置した狙いが、最大限に活かされています。本来なら、圭子にとって、いろいろな意味で「敵」ではないはずの靜子が、意外な形で「最大の敵」となってくる構成には、驚かされることでしょう。
また、圭子の母・みね子も、物語の中で大きな役割を果たします。こちらを演じているのは加藤治子さん。山岡久乃さんの靜子とは違った形で、自分の娘・圭子に影響を与えるのです。この2大女優の圧倒的な存在感は、すべてが「終わった」後のラストシーンでも示されるので、ぜひ、実際の映像でご確認ください。
主演を務めたのは浅野ゆう子さん。本作が放送された当時(1988年2月)は、フジテレビで『君の瞳をタイホする!』、TBSで『愛と復讐の海』と、2本の主演ドラマが放送中でした。つい先日、BSフジで放送された、80年代を振り返るスペシャル番組において、『君の瞳を~』で浅野さんと共演した陣内孝則さんが語っていたところでは、当時の浅野さんは『君の瞳を~』のような作品(いわゆる“トレンディドラマ”)より、『愛と復讐の海』のようなシリアスなドラマのほうを中心に活動したいという意向だったそうな。しかし、実際には、『君の瞳を~』に続き、88年7月からスタートしたフジテレビ『抱きしめたい!』で浅野温子さんとダブル主演した浅野ゆう子さんは、トレンディドラマの女王として、一時代を築いていくことになります。
このほか、大企業の御曹司・和彦を演じた五代高之さんは、本作の直後(88年4月)にスタートしたフジテレビ『教師びんびん物語』にレギュラー出演。紺野美沙子さん演じるヒロインをめぐり、主演の田原俊彦さんと三角関係になっていく役柄を好演しました。また、山崎刑事役の横光克彦さんは、本作の1年前まで、9年間にわたって『特捜最前線』に紅林刑事役でレギュラー出演。本作は、『特捜』の紅林編の1本として観ても成立しそうなくらい、山崎刑事の立ち位置が重要なものになっています。そして、冒頭であっさり死んでしまう本田役は、ブレイク前の伊原剛志さん。90年代に入ってから快進撃が始まりますが、80年代はまだ、あまり目立った活躍がありませんでした。そのキャリアの初期、ジャパンアクションクラブ(JAC、現:JAE)に所属されていたことも、いまでは知る人が少なくなっているかもしれません……。
それでは、また次回へ。12月の「違いのわかる傑作サスペンス劇場」では本作のほか、当コラムの第6回でご紹介した『超高層ホテル殺人事件』(原作:森村誠一/主演:田村正和)、1984年の『火曜サスペンス劇場』より『行きずりの殺意』(原作:森村誠一/出演:浜木綿子、松尾嘉代ほか)、1982年の『火曜サスペンス劇場』より『たそがれに標的を撃て』(監督:鷹森立一/主演:菅原文太)が放送されます。これらの作品群もぜひ、ご堪能ください。
【12月の『刑事くん』(第2シリーズ)】
12月、新登場となるエピソードは第47話から第54話まで。第2シリーズは全55話なので、いよいよ大詰めとなってきました。
今回は第48話「爆発一秒前」をご紹介します。
第48話「爆発一秒前」(脚本:長坂秀佳/監督:富田義治)
ある喫茶店で、宗方刑事(三浦友和)は三神刑事(桜木健一)が到着するのを待っていました。そんなとき、その店で爆発が発生。宗方も巻き込まれて、重傷を負ってしまいます。被害者の中に刑事=宗方がいたことから、本庁から派遣されたベテラン刑事(高野真二)は犯人が宗方を狙ったものだと推理。しかし、三神はこの意見に、真っ向から対立するのでした。
宗方の容態を案じつつも、独自の捜査を続け、やがて有力な容疑者・山室に辿り着いた三神。彼の動機は、喫茶店のウエイトレス(菅沢恵美子)への逆恨みでした。三神は山室を城南署へ連行しますが、なぜか山室は、自分を「取調室へ連れて行け」と、取り調べを受ける「場所」に異様にこだわります。その必死さに違和感を抱いた三神は――。
冒頭も爆弾、クライマックスも爆弾(あ、ちょっとネタバレっぽいですが……)という、長坂秀佳さんらしい一編。『刑事くん』を経て、後の『特捜最前線』では、原子爆弾やバリコン爆弾、コンピュータ爆弾などを次々と登場させ、“バクダンのナガサカ”という異名を取りました。
ウエイトレス役の菅沢恵美子さんは、第32話「めぐり逢う日まで」において、ポスターで微笑む美女を演じていました。美女に恋した少年や、三神刑事の想像とは違い、この美女は性格的には……だったというオチがつくのですが。
今回、再出演を果たした菅沢さんですが、当時は東映演技研修所の所属で、仮面ライダーシリーズなど、東映のテレビ作品に数多く出演されていました。そして、本作の放送から約5ヶ月後に公開された映画『女必殺拳』の準主役・早川絵美役に抜擢され、少林寺拳法初段の腕前を活かして活躍。これを機に、芸名も役名と同じ“早川絵美”に改めました。
その後も『ザ・カゲスター』(76年)のベルスター=風村鈴子役などを演じた早川さんは1978年、『特捜最前線』にゲスト出演。ここで出逢った俳優の誠直也さんと結婚し、現在に至っています。
……さて、1月の新規エピソードは、残る第55話(最終回)のみ。第1シリーズの最終回は三神刑事の「辞職」で幕を閉じましたが、果たして第2シリーズの結末は?
文/伊東叶多(Light Army)
<放送日時>
『女の中の風』
12月8日(火)11:00~13:00
12月22日(火)20:00~21:50
12月28日(月)11:00~13:00
『超高層ホテル殺人事件』
12月19日(土)21:00~23:00
『行きずりの殺意』
12月22日(火)13:00~15:00
『たそがれに標的を撃て』
12月29日(火)20:00~21:50
『刑事くん』(第2シリーズ)
毎週月曜日18:00~19:00(2話ずつ放送)
再放送:毎週金曜日7:00~8:00
『刑事くん』(第1シリーズ)
第57話(最終回)「人間たちの祭り」
12月3日(木)19:00~19:30放送!