今月の「東映テレビドラマLEGACY」は、1980年の『木曜ゴールデンドラマ』作品より、『人喰熊 史上最大の惨劇 羆嵐』をご紹介します。本作は吉村昭先生による小説『羆嵐』(77年)を映像化したもので、かつて北海道苫前郡苫前村三毛別六線沢で実際に起こった、「三毛別羆事件」がベースとなっています。その「三毛別羆事件」とは……。
時は、1915年(大正4年)。北海道の開拓時代。悲劇の舞台は、開拓部落である六線沢でした。最初に羆(ヒグマ)の存在が確認されたのは11月のことでしたが、その時点では、具体的な対策は講じられませんでした。そして12月9日、ついに羆による被害者(2名)が出ます。最悪の事態が生じたのは、翌日の12月10日のことでした。さらなる被害者は5名。ここから本格的な対策が打たれ始めたものの、羆の動きを捉えることは容易ではなく、組織された討伐隊も苦戦を強いられます。さまざまな予想外のアクシデントが続く中、討伐隊とは別行動をとっていたひとりの猟師が羆を射殺したのは、12月14日。この日から現地を襲った激しい吹雪は「羆風」もしくは「羆嵐」と呼ばれ、語り継がれたのでした。
小説『羆嵐』も、またテレビドラマ版『羆嵐』も、フィクション作品とはいえ、史実の重要な部分はしっかり押さえられたものとなっていますが、より正確な事実に興味のある方には1994年に発表された書籍『慟哭の谷 戦慄のドキュメント 苫前三毛別の人食い熊』をオススメします。
というわけで、今回は作品の特質を考え、従来のような「あらすじ紹介」は省かせていただきました。ドラマ『羆嵐』は、一連の事件をドキュメンタリータッチで描いていきます。この種の作品の場合、羆(熊)をどう表現するかという部分が重要となってくるのですが、本作は絶妙な編集やカメラワークを駆使して、狂暴なる羆の怖ろしさを見事に描きました。羆による被害者が出る「12月9日」と「12月10日」のシーンは、当時のテレビとしてもぎりぎりの凄惨さ。しかし、この一連があるからこそ、後半における「大自然を前にしたときの人間の無力さ、愚かさ」というテーマが活きてくるのです。本作のような題材を、テレビドラマとして放送していた時代が確かに存在した、ということが今回の放送で広い層に伝わってくれれば、と思っています。
主人公の猟師・山岡銀四郎を演じたのは三國連太郎さん。熊を仕留める実力は随一であるにもかかわらず、その性格ゆえに周囲から敬遠されている銀四郎は、三國さんが演じたことで、絶大な存在感を得ました。このほか、開拓民たちの期待を背負って現地入りする分署長を演じた石橋蓮司さんも適役。初登場シーンからして、「この人は大したことないんだろうなぁ」と思わせてくれます。羆に身内が殺されたことで、開拓民たちの中でも羆に対して猛烈な敵意を燃やす人物を演じているのは森田健作さん、前田吟さん。このほか、安定した演技力の大坂志郎さん、小林稔侍さんらが脇を固めました。冒頭のラストの「語り」は、当時『まんが日本昔ばなし』でもおなじみだった常田富士男さんが担当しています。
監督は、1978年に『冬の華』、1979年に『日本の黒幕(フィクサー)』を発表していた降旗康男さん。面白いことに、『羆嵐』のラジオドラマ版では、脚本に倉本聰さん、主演に高倉健さんと、『冬の華』で降旗監督とコンビを組んだ2人が参加していました。1981年にも倉本さん、降旗監督、高倉健さんで『駅 STATION』が公開されていることを考えると、世が世なら『羆嵐』がこのトリオで映画化されることもあり得たのかもしれません。
東映からは秋田亨さん、三堀篤さん、七条(七條)敬三さんという3名のプロデューサーが参加。よみうりテレビ側は池頭俊孝さんが担当されました。池頭さんと七条さんの名前の並びに既視感があったのですが、おふたりはまだ「制作担当」という肩書きだった時代に、『超人バロム・1』(72年)に参加されていたんですね。七条さんは後に東映動画(現:東映アニメーション)へ異動。1981年には『Dr.スランプ アラレちゃん』の企画者としてクレジットされているので、『羆嵐』は東映所属時代の最後の作品だったかもしれません。
そして三堀さんは東映の劇場作品の監督として『非情学園ワル』シリーズ(73~74年)や『太陽の恋人 アグネス・ラム』(76年)などを手がけた後、企画者に転じて、1979年には家城プロの製作、東映の配給で『わが青春のイレブン』を製作(脚本は家城巳代治さん)。この作品の監督が降旗さんでした。1980年代に入っても三堀さんは『ひとひらの雪』(85年)、『化身』(86年)、『桜の樹の下で』(89年)などの話題作を企画しています。
本作は、序盤の凄惨な「人喰い」シーン、メインとなる「羆と人間の対決」シーンもさることながら、銀四郎が羆を射殺した後の「エピローグ」も見どころです。銀四郎と他の登場人物たちの「相容れない」雰囲気は、本作が視聴者に訴えたかったテーマを感じさせてくれます。人間は、日本人は……この事件から何を学ぶべきなのでしょうか。
……それでは、また来月の当コラムにて、お会いしましょう!
<7月の『Gメン’75』>
7月が初回放送となるエピソードは、第57話から第64話。注目はなんといっても、第59話から第61話までの「沖縄ロケ三部作」です。当時、放送された時期もちょうど7月だったので、この時期に観るには、まさにうってつけ。内容はどこまでもヘビーですが、『羆嵐』と同様、「テレビドラマはここまでやれるのか」と思わせてくれる名作です。ぜひ、ご期待ください。
文/伊東叶多(Light Army)
【違いのわかる傑作サスペンス劇場/2022年7月】
<放送日時>
『羆嵐』
7月1日(金)11:00~13:00
7月14日(木)22:00~23:50
7月22日(金)11:00~13:00
『極刑』(主演:草笛光子)
7月15日(金)11:00~13:00
7月29日(金)11:00~13:00
『傑作推理劇場 死ぬより辛い』(脚本:池田悦子/監督:佐藤肇/主演:秋野暢子)
7月8日(金)11:00~12:00
7月19日(火)5:00~6:00
『傑作推理劇場 ラスト・チャンス』(脚本:松田寛夫/監督:小澤啓一/主演:原田芳雄)
7月8日(金)12:00~13:00
7月16日(土)13:00~14:00