今月の「東映テレビドラマLEGACY」は、1988年の『火曜サスペンス劇場』より『雨月荘殺人事件』をご紹介します。放送日は1988年10月18日でした。ちょうど35年前、昭和63年の秋にあたります。本作が放送される約1ヶ月前の9月19日に昭和天皇が吐血され、以降は日々、陛下のご容態がテレビでも放送され続けました。東映のテレビ作品でいえば、現在ちょうど東映チャンネルで放送中の『さすらい刑事旅情編』(10月12日~)や『仮面ライダーBLACK RX』(10月23日~)が同時期に放送を開始しています。本作をご覧になる際は、そんな時代背景も想像しながら……というのも一興かと。原作は、和久峻三先生の『雨月荘殺人事件 公判調書ファイル・ミステリー』。元・裁判官という人物が講師を務める市民セミナーで、その人物が実際に担当した事件を、当時の捜査資料を基に説明していく(読者はその資料や、セミナー出席者の発言などを追っていく形となる)、という一風変わった趣向となっています。当時、海外で『マイアミ沖殺人事件』などの、いわゆる「捜査ファイル・ミステリー」という形式で人気を得ており、これに着目した出版社が弁護士としての顔も持つ和久先生に企画を打診。生まれたのが、和久先生の知識を活かした「公判調書ファイル・ミステリー」だったわけです。この試みが評価されて、和久先生は1989年に第42回「日本推理作家協会賞」を受賞されました。
そのままでは映像化しにくいと思われる本作ゆえ、ドラマ化にあたっては、探偵役として「元・警察署長で、定年退職後に推理作家デビューした」という主人公が設定されました。原作に登場していた(ドラマ版には登場しない)キャラクターのひとり、盲目の詩人・吉野の苗字と、原作者の名前を合体させた「吉野俊三」が、その主人公。「落ちる」という作品で「ミステリー文学賞」を獲り、注目を集めたものの、第2作の執筆がなかなか進まず、編集者から逃れて執筆に集中するために、かつて泊まったことのある「雨月荘」を再訪したところ、そこで事件に巻き込まれてしまうのです。それでは、あらためてストーリーを紹介していきましょう。
湯河原(原作では長野県)にある旅館「雨月荘」は、経営不振に陥っていました。「雨月荘」を所有するのは「月ヶ瀬興業」という会社。ある日、社長の月ヶ瀬都子(朝比奈順子)をはじめ、都子の夫で副社長の紀夫(金子研三)、専務の高倉(西田健)、社長秘書の井口倫子(李星蘭)が揃って「雨月荘」へやって来ました。どうやら、「雨月荘」を存続できるかどうかの瀬戸際に陥っているようです。
そもそも都子は先代の社長に見初められて結婚したが、先代の死去に伴って社長を引き継いだ人物。経営能力に乏しいばかりか態度も傲慢で、「雨月荘」で働く人々からも嫌われていました。また、再婚相手の紀夫との仲も、すっかり冷え切っている始末。一方で、秘書の倫子とはレズ関係にありましたが、都子は倫子が最近、高倉と男女の関係になっていることにも気づいていました。自業自得ながら、都子は四面楚歌の状況にあったというわけです。融資の話も断られ、彼女は追いつめられていました。
「雨月荘」がそんな状態の真っ只中にあるとき、ひとりの客がやってきました。かつて、妻で舞台女優の美沙子(野川由美子)と「雨月荘」へ新婚旅行で来たことのある、作家の吉野俊三(小林桂樹)です。彼は新作の構想に行き詰まり、若手編集者・佐川明(香川照之)の追撃を逃れるために、自宅から「逃亡」したのです。
従業員の前田照代(左時枝)は吉野のことを覚えており、彼の再訪を大いに喜びました。ふたりの会話も弾みます。しかし吉野は照代から、4年前に「雨月荘」の納屋で悲しい事件があったことも聞かされました。吉野も新婚旅行のときに会っていた、桂木雪江(北沢美紀)という女性が自殺したのです。照代によれば、雪江の自殺は、都子に激しく苛められたことが原因でした。照代だけでなく、支配人の藤本二三夫(渡辺篤史)をはじめとする「雨月荘」の従業員たちはみんな、都子や経営陣のことを嫌っていました。
そして翌朝。雪江が自殺した納屋で、都子の死体が発見されます。現場の状況や、都子の置かれていた苦況を考えると、自殺の可能性が高いと思われましたが、それにしては、遺書がありません。吉野は、都子の首に括られていたロープの結び方が特殊なものだったことに、まず疑問を感じました。都子自身が結んだものではないとしたら、これは「殺人事件」ということになります。小田原署の辻野警部(藤木悠)は、大先輩にあたる吉野に捜査への協力を求めました。原稿の締切があるにもかかわらず、これを承諾する吉野。やがて、納屋から紀夫の指紋が発見されました。紀夫には、都子と結婚する前に犯罪歴があったのです。さらに言えば、動機もじゅうぶんにあります。しかし、紀夫と面識があった吉野には、紀夫が犯人だとは思えませんでした……。
舞台は一貫して「雨月荘」と、その周辺のみ。とはいえ、見事な脚色と、多彩な演技陣の活躍で、観る者を飽きさせません。吉野の妻・美沙子が夫の後を追って「雨月荘」へやってきて、さらに、そのことがきっかけで吉野の行き先がバレて、編集者の佐川も駆けつけてしまう、といったサブストーリーの部分も楽しめます。注目は、1988年の春に東京大学を卒業したばかりで、まだドラマ出演の経験が数本しかなかった時期の、香川照之さんの出演です。後に、「平成」時代を代表する俳優のひとりとなっていく香川さんですが、昭和末期=デビュー当時から独特の個性を発揮していたことを、本作で確認していただけるでしょう。また、『Gメン’75』の山田刑事役などで、刑事役には定評がある藤木悠さんも軽妙な味で好演。藤本役の渡辺篤史さんは当時、東映で『じゃあまん探偵団 魔隣組』にレギュラー出演中でした。
決してハデさはない本作ですが、指紋や足跡をめぐるトリックを吉野たちが解いていく流れは、異色の構成となっている原作の特徴も反映されており、「地に足の着いた」堅実な作りになっています。春の足音が聞こえてくる3月、どこか懐かしさも感じさせてくれるミステリー作品の魅力を、ぜひご堪能ください。
<3月の『Gメン’75』>
3月が初回放送となるエピソードは、第125話から第134話です。第126・127話は、倉田保昭さんが演じる草野刑事のアクションが冴える、香港ロケ編。また第132・133話も、Gメンが絶体絶命の危機に追い込まれる、前後編のサスペンス大作となっています。また、そんな中で第131話「少女餓死」のような、単発の衝撃的エピソードも……! ますます充実していく『Gメン’75』に、大いにご期待ください。
文/伊東叶多(Light Army)
【違いのわかる傑作サスペンス劇場/2023年3月】
<放送日時>
『雨月荘殺人事件』
3月9日(木)11:00~12:50
3月16日(土)20:00~22:00
『断罪』(原作:和久峻三/主演:松尾嘉代)
3月16日(木)11:00~12:50
3月20日(月)22:00~24:00
『花園の迷宮』(監督:斎藤光正/主演:斉藤由貴)
3月23日(木)11:00~13:00